悲しむ者は幸いです。
その人は地を相続するからです。
マタイの福音書5章4節
イエス・キリストは
「悲しむ者は幸いです。」 と言われました。
普通に考えると悲しむ人は幸いではないのです。
親しい人を亡くして悲しんでいる人は幸いではない、
仕事が上手くいかず悩んでいる人も幸いではない、
好きな人と別れて悲しんでいる人は幸いではないはずです。
イエス・キリストが仰っている悲しむ人とはどんな人のことでしょうか?
それは神がおられて、自分は神の前に
罪を犯して生きている事に気づいて
そのことに悲しんでいる人のことです。
でも普通人はそんなことに気づきはしないのです。
キリスト教という信仰が
日本の国に広まっていかない大きな理由の一つが
この当たりにあるのだと思われます。
ラジオなどでも朝、メッセージをされている、
ある有名な牧師さんがおられます。
その牧師さんはお父さんが牧師だったので
小さい時から聖書の話しはよく聞いて知っていました。
ですから自分は罪人だということが
観念的に頭では分っていた。
でも心の深いところでは理解出来なかったそうです。
しかし、高校生のある時、
メッセージを聞いているうちに
「心が刺される」という経験をされました。
自分自身の罪の恐ろしさに
いてもたってもおれないという経験をしたそうです。
その時しがみつくようにして
イエス・キリストの十字架を見上げて救われたのです。
私達も神が分り、イエス様が分る時、
自分の本当の姿が気づき罪に悲しむ者になるのです。
でも人にそこまで深く分らせる事は
大変難しいことです。
これは神の助けなしには出来ない事です。
私達は神から離れて罪を犯しながら生きている惨めな者なのです。
そのことに気づいて悲しんでいる人はいませんか。
あなたを救うことの出来るのは
イエス・キリストの十字架だけなのです。
どうぞ、教会に行って下さい。
そしてイエス・キリストの十字架を信じる事によって
罪が許される事を経験して下さい。
お祈りしています。