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島根県浜田市にある教会です。

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万軍の主よ。 
なんと幸いなことでしょう。
あなたの信頼するその人は
        < 詩篇84篇12節 >

2008年、新年明けまして
おめでとうございます。

何時も浜田教会のホームページを見て下さり有難うございます。
元旦の朝は何かしら新鮮で、身が引き締まるような気持ちになるのは私だけではないでしょう。
あなたはどんな気持ちで新年を迎えられたでしょうか。

クリスチャンは初詣に神社には行きませんが、日本の大半の方は初詣に神 社に行かれるでしょう。
そこで今年の幸せを願いお参りします。
どんな事を願いお参りされたのでしょうか。

家族の健康、仕事の祝福、結婚、就職等の願いでお参りされたことでしょう。
でも、それらのことが叶ったとしても人は本当に幸せになれるでしょうか。

クリスチャンは元旦の日に教会に行って神を礼拝してから一年を始める習慣があります。
所謂、元旦礼拝というものがあります。

今年の浜田教会の元旦礼拝で語られたメッセージは『幸いな人』についてでした。
勿論、クリスチャンも家族の健康、仕事の祝福、結婚や就職等のためにも祈ります。
でも聖書を見ると「神に信頼する者は幸いです」と書かれています。
けれども、殆どの人は神という土台を持たないで生きています。それはあたかも、自由で素晴らしい生き方のように思うかもしれませんが土台のない、浮き草のような生き方です。

世の中が右に動けば右に流されるのです。
左に動けば左に流されます。人や環境や出来事で心は左右されます。

では神に信頼する生き方とはどんな生き方でしょうか。

周りや自分が変化したとしても神に信頼しながら生きる生き方です。

詩篇の84篇6節に「彼らは涙の谷を過ぎる時も、そこを泉のわく所とします。」というみ言葉があります。涙を流さなければならないような中を通っていても、そんな時にでもその場所を泉の湧く所に変えるというのです。

勿論、それは場所が変わったり、状況が変わったりすることではありません。
その人の心が変わることです。
自分の力ではなくて神に祈りながらその中を通るのです。
その時、その人の心は不思議と平安になるのです。

奈良に南コイトさんというご婦人がおられました。
その方は50年間カリエスで寝たきりの生活でした。
そんな南さんがお見舞いに来られた方々を50年間で100人程の人をイエス様に導かれたのです。

それは南さんが何事も心配せずに、ただ神に信頼して祈りの生活を送っておられ、来る人来る人がその輝いた顔、平安に満ちた生活を見て感銘を受けられたからです。

神に信頼して生きる人こそ、本当の幸いな人であります。

どうぞ、新しい年、あなたも神に信頼して生きる本当の幸い人になって下さい。
是非あなたも近くの教会に行って下さい。

新しい年の神の祝福をお祈りしています。
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2008.01.11 / Top↑
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