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島根県浜田市にある教会です。

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主は神に仰せられた。
「人の子よ。これらの骨は生き返ることができようか。」
私は答えた。
「神、主よ。あなたがご存知です。」

    エゼキエル37章3節
 

桜の美しい季節も終わり、いよいよ春本番ですね。
進学、就職、転勤等で新しい場所や環境で
生活を始められた方も多くおられると思います。
まだ慣れない生活でしょう。
新しい生活の祝福をお祈り致します。

 インマヌエル教会の牧師の任期は一年ですが、
私達は今年度も浜田教会に遣わされました。

新しい一年、浜田でご奉仕が出来ることを感謝しています。

伝道者(牧師)が教会に遣わされる目的は福音を伝え、
教会を立て上げることです。しかしながら、
それは簡単なことではないとつくづく思わされます。

先日、無差別に人が殺される事件が続きました。
犯人達は「誰でもよかった。」と言ったそうです。

このような事件が起こる度に時代を映している鏡のように思えてなりません。

心が育たないまま、あるいは心が傷ついたまま
体は大人になっていしまっているそんな現代の人の姿を見るのです。

聖書のエゼキエル書の中で預言者、エゼキエルは
谷間に干からびた骨が沢山あるのを神に見せられます。

その骨は捕囚のイスラエルの人々の心の姿であったのです。
彼らは望みを失い、神にも捨てられた、
そんな心で日々生きていたのです。

神はエゼキエルに仰いました。
「人の子よ。これらの骨は生き返ることができようか。」

エゼキエルは答えます。
「神、主よ。あなたがご存知です。」

この意味は「神様、人間には絶対に
干からびた骨を生き返らすことは出来ません。

しかし、神様あなたには出来ます。」
エゼキエルは干からびた骨を見せられても
神に対する信仰を失わなかったのです。

私達の周りの人々は、今は干からびた骨のようになっています。

いくら福音を語っても反応がありません。

いくらイエス様のことをお伝えしても信じようとはしません。

もし、教会が信仰を失ってしまったらそれで終わりです。

エゼキエルのように干からびた骨を見せられても
「神様、あなたは干からびた骨を生き返らすことが出来ます。」と
信仰を持ちたいのです。

その時に必ず神様は干からびた骨を生き返らせて下さいます。

その事を信じて今年もご奉仕をさせて戴きます。

どうぞ教会のために、私達のために祈って下さい。


インマヌエル浜田教会 牧師 山本 剛

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2008.04.13 / Top↑
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