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島根県浜田市にある教会です。

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「先生、先生。私たちはおぼれて死にそうです」と言った。
イエスは起き上がって、風と荒波とをしかりつけられた。
すると風も波も収まり、なぎになった。
                   ルカの福音書8章24節



10月10日の礼拝説教の一部を載せます。

イエス様と弟子達がガリラヤ湖に舟で出た時、突然、湖は嵐になりました。
弟子達は恐れました。
しかし、イエス様は舟のともの方で眠っておられたのです。
弟子達はイエス様を起して助けを求めたのです。
そこでイエス様は風と荒波をしかりつけられると湖はなぎになったのです。

Ⅰ、嵐
私達の人生に於いても突然の嵐というものがあるのではないでしょうか。
突然職を失うこともあるでしょう。
突然、病になることもあるでしょう。又、この嵐は人間の力でどうすることも出来ないものでした。
私達の人生も人間の力でどうすることも出来ないことに遭遇することがあるのではないでしょうか。

クリスチャンで詩人であり、画家である星野富弘さんという方がおられますが
その方は次のような詩を書いておられます。

「いのちが一番大切だと思っていたころ、生きるのが苦しかった。
いのちより大切なものがあると知った日、生きるのが嬉しかった」

きっと、星野さんは神を知り「神にゆだねる」ということが分かったのでしょう。
私達も突然のことで自分にはどうすることも出来ないことに出くわす時、
神にゆだねることが出来るといいですね。

Ⅱ、見方を変えてみましょう
この嵐はイエス様の計画ではなかったでしょうか。
イエス様がわざわざ私達に嵐の中を通されることがあるのです。
でも私達はイエス様に言います。

「私は真面目に生きてきました。あなたに従って来ました。
なのにどうしてこんな酷い事をされるのですか。
あなたを信じて生きて来たではありませんか」

何故なのか。私達に答えは分かりません。
でも、嵐の中でしか育たない何かがあるのではないでしょうか。

ある人が美しい桃色の花を貰いました。
その花を手にしながら「これは何の花ですか」と尋ねました。
あげた人は言いました。

「これは岩の花です。これは土のない岩でないと咲かない花です」

その時その人は

「困難な場所にしか咲かない神の花があることに気付いたのです」

私達が何故、嵐の中を通るのか分かりません。
でも、嵐の中にしか咲かない神の花があることを知っておきたいのです。

嵐の舟の中にイエス様は共におられました。
イエス様はいて下さったのです。
私達も色々な嵐に出くわし、人生の場面を経験しますが忘れてならないのは
どんな時でもイエス様は一緒にいて下さるということです。
私達は嵐の中を一人で歩いているのではないのです。
イエス様も何時も一緒にいて下さるのです。

イエス様は風と荒波をしかりつけられて鎮められました。
イエス様はどんな時でも神の方法を持っておられるのです。

私達も嵐の中を通ったとしても神にゆだねながら進んでいきましょう。

必ず神の方法で私達を助けて下さいます。
 
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2010.10.15 / Top↑
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