「心の貧しい者は幸いです。
天のみ国はその人のものだからです。」
マタイの福音書5章3節
人は誰でも幸せな人生を送りたいと考えています。
人々は幸せになるために富や名誉や地位を得ようと努力します。
又、ある人は学問や才能や美貌が幸福への道であると考えます。
果たして、これらを手に入れたとしても
本当に人は幸せになる事が出来るのだろうか。
大勢の人がキリストの話を聞こうとして集まって来ました。
当時のイスラエルの人々はローマの圧政の下にいました。
重税に泣いていました。
戦争はありませんでしたが夢も希望も持てない中にいたのです。
現在人である私達も将来に
希望や夢を持ちにくい時代に生きているのではないでしょうか。
そんな時代にあって幸せについて
キリストの言葉に耳を傾けたいと思います。
キリストは山の上で有名な説教をされました。
その長い説教の最初の言葉が
「心の貧しい者は幸いです。」という言葉です。
一番最初に言われたということは
幸せになるための大きな答えがそこにあるということです。
「貧しい」という言葉は
「物乞いをする」という言葉から来ています。
ですからこの言葉は「心の乞食は幸いです。」と
言い換えることが出来るのです。
心の乞食とは何でしょうか。
それは神に物乞いをする人の事です。
私達は、皆、プライド(自尊心)を持っています。
「神に頼らなくても自分の力で生きて行ける。」
と考えています。
又、「神を信じる人は弱い人だ、
努力さえすれば神の必要はない。」と考えています。
しかし、キリストの言っておられるのは、
人間の力には限界がある。
それを認めて神に頼って生きるようにということでしょう。
自分の力で努力しながら戦い、
ある時には悩み、そんな中でも戦い抜く人もいるでしょう。
しかし、自分の弱さを認め
神により頼みながら貧しい者となって生きていく、
本当の幸せはそこにあるとイエス・キリストは教えておられるのです。
あなたも神により頼みながら生きて行く「心の貧しい者」なってみてはどうでしょう。